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よっしーの徒然なるままに

日ごろ考えていることなど思いつくままに発信するブログです

ギャンブル依存症を自己責任の一言で片付けてほんとにいいの?

こんにちは。よっしーです。

 

日本でのカジノ合法化を目指す「カジノ解禁法」が15日未明に成立しましたね。

 

今話題となっているだけあって、「カジノ法案」と検索するとそれについてまとめた記事がいろいろ出てきます。

 

読んでみると賛成という意見が多くてびっくりしました。日本ではギャンブルといえば悪いイメージが付き物だと思ってたので、てっきり反対が多いものかと。

 

まあそれはいいんです。賛成か反対かというのは個人の意見ですから別にどちらであろうと気にしません。ただ、気になるのは賛成意見には必ずと言っていいほどギャンブル依存症は自己責任だ!論が展開されていること。

 

「依存症になったのはお前が悪い。」確かに正論です。正論過ぎて吐き気がします。麻薬にしろギャンブルにしろ、それに手を出さなければ依存症にならずにすんだのだか

ら。

 

その自己責任論と必ずといっていいほどセットになっているのが「責任を負えないのなら利用しなければいい」論。

 

そう言う人たちに問いたい。

 

自分が依存症にならないって、責任を負えるかどうかなんてやる前からどうやって分かるの

 

だいたい依存症になる人ってなりたくてなったわけじゃない。「自分は大丈夫!いつでも止められる!」そう思ってやり始めたらいつの間にか依存症になってしまった...、という人が大半だよね。そういう人の中には「自分は責任を負える。だから大丈夫!」と少なからず思っていた人もいたはず。

 

というかこういうのって自分なら大丈夫!って考える人ほどなりやすいと思う。おれおれ詐欺と同じ。騙されない自信のあるやつが真っ先に騙される。読んだ記事の中に「カジノという新しい文化を味わってみたい」て書いてるのあったけど、これこそ依存症にならない気100%のセリフだからぜひ気を付けてもらいたい。

 

最後にひとつだけ。

 

こういう自己責任論が好きな人って、絶対詐欺被害者に対しても「騙されたお前が悪い!」て言うでしょ。

 

そういう人たちは、もし身近な人(家族とか恋人とか)がそういう目(詐欺、依存症)に遭ってしまったら、ということを想像してみてほしい。

 

面と向かって同じこと言えるだろうか?

 

自己責任の一言ですませるだろうか?

 

結局、自己責任論って自分とは関係ない赤の他人にだから言えること。言うだけなら簡単。その発言こそ最も無責任じゃないかな。